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2008.5.15(木)

 毎日の、米を買ったり研究論文を読んだり麻婆豆腐を作ったり火曜と金曜の朝に欠かさず燃えるごみを出したりするのは全体として愉快な行為で、外見は無表情、しかし内心ではへらへら笑いながらこれらのことを行っているのだけど、それでもどういう訳か身体の内部に澱のようなものが溜まっていく感じがある。そしてそれがたくさん溜まると、ラスコーリニコフ青年のように、顔面が蒼白になり上唇がひくひくと震えだし、手をもみしだきながら訳の分からないうわごとをつぶやき始める。…ということには勿論ならないけど、なんとなく身体が重くなり胸の辺りがもやもやとしてくる感覚に襲われる。

 このような場合、プールで1000mほど泳ぐことによって、一時的に身体の中の澱が取り除かれるらしいことが近年分かってきた。そのような訳で、僕は1年半ほど前から週に1回くらいの頻度でプールで泳ぐことにしている(余談になるけど、このエピソードは就職活動の際に『持続性』をアピールするために良く使った)。プールで泳いだ直後は胸のもやもやが消えてなくなって、外見は相変わらず無表情、しかし内心では気分爽快な感じになる。しかしまた1週間くらいすると、もやもやが溜まってきてプールに行かざるを得なくなる。泳ぐ消える泳ぐ。その繰り返しである。昔から僕は「ストレスが溜まる」という言葉の意味がよく分からないのだけど、ひょっとしてストレスとはこの『もやもや』のことを指しているのかな、と思う。

 しかし、プールでどれだけ泳いでも除き切らない澱のようなものもあって、それを掻き集めて、泥団子のように形を整えて絵の具で彩色するとあら不思議。それが曲になっているような気がするのだけど、これについて書き始めると長くなりそうだし、あまり正確に把握しているわけでもないので別の機会に譲ることにする。


2008.5.13(火)

 連休中に実家へ帰った際に、することがないので本棚にあったドストエフスキーの『罪と罰』を読んでいた(なんと暗い連休の過ごし方だろう)。『罪と罰』は大学1年の時に一度だけ読んだけど、登場人物の多さと文章の難解さに困惑したことくらいしか覚えていない。僕はその頃、ジョン・アーヴィングなんかのポップな小説を好んで読んでいたような気がする。アーヴィングの長編小説も登場人物は多いけど、文章が分かりやすいのですらすらと読めたのである。

 しかし今回改めて『罪と罰』を読み返してみると、こんなに面白い小説だったのかと思って愕然とした。文章はぜんぜん難解ではないし、物語の展開も、読者を飽きさせないような工夫がされている(ような気がする)。大学1年の時の自分は一体何を読んでいたのかと思う。

 このような、以前はよく理解できなかったことが今になるとすらすらと理解できるというのは、自分の中の何がしかの点(読解力とか)で成長しているということなのだろうか。あるいは、ただ2回目に読んだせいで話の筋を知っているために、理解しやすかっただけなのかもしれない。いずれにしても、このような経験は結構嬉しいものである。自分もまだまだ捨てたものではないな、と思わせてくれる。

 しかし、登場人物の多さに閉口させられることは今も昔も変わりがない。アーヴィングの小説には表紙の裏側に簡単なキャラクター紹介が載っていて、それが助けになったのだけど、『罪と罰』にはそれがないのである。ここにメモ代わりに書いておこうと思う。

・ラスコーリニコフ…主人公。愛称ロージャ。本名ロジオン・ロマーノヴィチ・ラスコーリニコフ。
・ドゥーニャ…ラスコーリニコフの妹。20歳。愛称ドゥーネチカ。本名アヴドーチヤ・ロマーノヴナ・ラスコーリニコワ。
・ソーニャ…娼婦。愛称ソーネチカ。本名ソーフィヤ・セミョーノヴナ・マルメラードワ。
・アリョーナ・イワーノヴナ…金貸しの老婆。
・リザヴェータ・イワーノヴナ…アリョーナ・イワーノヴナの腹違いの妹。35歳。
・ラズミーヒン…ラスコーリニコフの大学時代の友人。(追記:ウラズミーヒンが正しい名前。)
・マルメラードフ…飲んだくれ。ソーニャの父親。本名セミョーン・ザハールイチ・マルメラードフ。
・カテリーナ・イワーノヴナ…マルメラードフの妻。
・ナスターシヤ…ラスコーリニコフの下宿先の掃除婦・料理女。
・スヴィドリガイロフ…ドゥーニャの家庭教師の勤め先の主人。
・マルファ・ペトローヴナ…スヴィドリガイロフの妻。
・ルージン…ドゥーニャの婚約相手。本名ピョートル・ペトローヴィチ・ルージン。
・プリヘーリヤ・ラスコーリニコワ…ラスコーリニコフとドゥーニャの母親。

 第1部の主要な登場人物を書いただけでこんなに多くなってしまった。1人の人物に複数の呼び名があるのが困ったものだと思う。

 ところで、『罪と罰』の作中には「手をもみしだく」という表現が頻繁に出てくるけど、僕はこの表現が何とも言えず好きだ。ぜひ日常会話に使ってみたいものである。